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「俳句」をどのように詠めばよいか

青木 亮人(愛媛大学准教授・近現代俳句研究者) 

 

1. 「俳句」とは?

俳句は何を読めば、「俳句」になるのでしょう。このように問われた時、皆さんはどのように答えるでしょうか。
簡潔な回答は、「五七五」の定型に、「季語」(季節を感じさせる語)を加えると「俳句」になる、というものです。
あるいは、「日本の豊かな季節感を詩情豊かに詠む」と説明を加える方もいるかもしれません。日本語圏の韻文の中でも、詩や短歌は季節感の有無を問いませんが、俳句は「季語」を重視し、四季の情感や生活感を意識して詠む作品が多いためです。
確かに、これらは俳句作品を詠む上で大事なものといえるでしょう。同時に、「俳句」には他に大きな特徴があると考えられます。

秋 め く や ワ イ ン グ ラ ス を 合 わ す と き
山田 弘子(1934-2010)

日が落ちるのが早くなり、夜が長くなり始めた秋の晩、気心の知れた二人がワイングラスを合わせて乾杯し、食事を愉しむひととき。お店で夫婦や恋人が食事を摂る場面としても、自宅で食する場面と解してもよいでしょう。
ワイングラスを合わせて乾杯をすることは一年を通じてありえることです。しかし、句の作者はワイングラスを合わせたひとときに、夏や冬でもない秋らしさを感じたというのが上の作品です。
二人の合わせたワイングラスがカチンと小さく鳴り響いた時、その音はいつもより澄んだ響きに聞こえた。うだるように蒸し暑く、淀んだ空気が厭わしい夏の暑さも次第にやわらぎ、ふとした風にも涼しさを覚えるようになった。
気付けば空も高くなったように感じられ、空気は澄み、日が落ちるのも早くなってきた。かような日のある晩、向かいの席に座った相手とワイングラスを合わせた時、その音は夏とは異なる澄んだ響きが感じられた。残暑はようやく終わりつつあり、やがて夜が長く、深まりゆく秋が訪れつつあることをグラスの響きに感じた……夏の終わりと秋の訪れ、つまり季節のうつろいを「ワイングラスを合わすとき」という瞬間に見出したのが上の句です。
この作品が「俳句」らしいのは、日常のごく小さな、何気ないひとときとともに季節感を詠んだ点にあります。何か人生を変える大きな出来事や、映画のように非日常の瞬間を詠んだわけではなく、日々の生活の中、ふと感じた秋の到来をささやかな瞬間に見出したところが「俳句」といえるのです。

2. 小さなことを何気なく詠む

「俳句」は、劇的な瞬間を強調して詠む必要はありません。日常生活のごくささやかなひとときを、ほんの少しだけ非日常に詠むことで、それは「俳句」になります。次の句のように。

ハ ン カ チ を 干 せ ば す な は ち 秋 の 空
星野 立子(1903-1984)

白く、薄いハンカチでしょうか。昔の日本の生活の情景として解すると、洗ったハンカチを物干し竿に干した時、ふと秋の空が目に留まった……という句です。ハンカチを干す時、目線は少し上になります。その時、作者は空がいつの間にか高く、澄んでいることに気付いたのでしょう。
気付けば夏は過ぎ去り、空は澄み渡り、青々と広がっている。汚れが落ち、真新しくなった薄地のハンカチは秋空の爽やかさと響きあい、過ごしやすい秋らしさに満ちている。そういえば日々のあれこれに紛れて暮らす内、空を眺めたり、秋の訪れを感じたこともなかったかもしれない……この句は、昭和22(1947)年に詠まれました。この年は、戦後日本の新憲法が公布された年であり、第一回目の参議院・衆議院議員選挙が行われ、六・三・三学制等の教育基本法が定められた年でもあります。太平洋戦争に敗戦した混乱はいまだ続いており、大部分の日本人は多難な日々を送っていました。

そのような年に、作者はハンカチの向こうに広がる秋空を黙って眺めています。作者は生活が苦しいとも、楽しいとも表現せず、また喜んでいるのか、悲しんでいるのかも分からない。そして、秋空はまるで人間界の栄枯盛衰や激変する価値観とかかわりがないように爽やかに澄み渡り、作者の目に沁みるように青く、高く澄んでいます。

3. 季語とともに詠む

「俳句」は生活の小さな、取るに足らない些事に目を留め、そのささやかなひとときに季節を感じ、うつろいゆく時の流れを認めつつ、しかも感情を露わにせずに、読者にその小さな風景を黙って手渡す詩といえるでしょう。作者はその季節ごとの風景の後ろに控えて姿を現さず、読者は作者が示す風景を気ままに追体験すればよい……誰でも経験したことのあるような日常世界のひとときでありながら、その作品を読むまでは忘れていたような、生活のささやかな瞬間と、季節感。

① ス ト ロ ー と コ ッ プ が 残 り 雲 の 峰 川嶋 隆史
② 涼 風 や 直 感 で 入 る 喫 茶 店 津川 絵理子
③ 鉛 筆 に 蜘 蛛 が 片 脚 か け て ゐ る 川嶋 葵

①は真夏のカフェや、避暑地の別荘でもいいかもしれません(季語は「雲の峰」)。②は初めて入る喫茶店なのでしょう(季語は「涼風」)。③は机上の鉛筆に、小さな蜘蛛が傾ぐように脚を鉛筆に乗せている、という情景です(季語は「蜘蛛」)。
これらの句は、日常の生活の小さな出来事を、「季語」とともにささやかに詠んでいます。皆さんも俳句を詠む時、次の点を意識しながら作ると、より「俳句」らしい作品になるかもしれません。

・日常の小さな、ふとした瞬間を、「季語」とともに詠む。その小さな瞬間は、「季語」の季節感と合っていても、合っていなくともよい。
・その瞬間をいかにも特別なこととして強調するのではなく、自身の心情や感情を直接表現せずに、ある些細な出来事を指で黙って指し示すように詠む。


他にも「俳句」や「季語」の特徴はいくつもありますが、皆さんが「俳句」を詠む機会がありましたら、これらのことを参考にしてみてもいいかもしれません。
次の句もまた、「俳句」といえるでしょう。「六・七・五」の調べですが、作品は「俳句」らしい情景を黙って描いています。

ク リ ス マ ス の 靴 磨 き ゐ る 牧 師 か な
日野 草城(1901-1956)

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